大規模な台風や地震などでは、たくさんの死者が出ます。しかし、死者が出るのは災害発生時に限ったことではありません。災害が去った後にも、さまざまな要因で死者が出るケースを、災害関連死と呼びます。ここでは、そうした災害関連死について詳しく見ていきましょう。
災害関連死とは、災害による直接的・物理的な水死や圧死といった事故死ではなく、災害による負傷の悪化、避難生活中の身体的負担による疾病が原因となって死亡するケースのことです。
災害関連死が具体的に定義づけられたのは、1995年の阪神淡路大震災がきっかけでした。法的な定義は、「災害による傷病の悪化や避難埼葛における身体的負担によって死亡する」というケースの中で、災害弔慰金の支給等に関する法律(昭和48年法律第82号)に基づいて災害が原因で死亡したと認められたものと定義されています。なお、実際には災害弔慰金が支給されていないものも含められていますが、災害によって所在が不明となった行方不明者は除きます。
災害関連死は、いくつかの種類に分けられます。
被災したことによる精神的なストレスやPTSDなどが原因となって死亡するケースです。震災後に続く余震や地震の想起などによって心的ストレスがかかり、急性心筋梗塞が発生して死に至るケースが代表的です。
災害の規模が大きなものになると、避難所に避難者が収まりきらないことがあります。そうした場合、車中泊を強いられる避難者も数多く出てきますが、長期間に渡る車中泊がもたらすエコノミー症候群が原因となって死亡するケースがあります。
避難生活では、ストレスや衛生状態の低下によって健康状態が悪化することもあります。避難生活の中で肺炎などに罹患してしまうと、そのまま症状が悪化して死に至るケースがあります。また、被災前から罹患していた病気が、避難生活の中で急激に悪化して姉妹というケースもあります。
令和3年12月27日に復興庁から発表された東日本大震災の災害関連死の数値は、2021年9月30日時点のデータで1都9県合計3,784人となっています。
都道府県別のデータで見てみると、もっとも多かったのが福島県で2,329人、次いで宮城県が929人、岩手県が470人です。
さらに、災害関連死と時期のデータを見てみると、もっとも災害関連死が多く見られた時期は発生後1ヶ月以内で745人、次いで多いのが3ヶ月以内で683人となっています。災害直近の1週間以内の時期では473人と比較的少ないのは注目に値するでしょう。
熊本地震での死者数は、2022年2月速報値で計273人となっていますが、その中で地震が直接的な死因となった人はわずか50人にとどまっており、残り223人の死因は避難生活中の心身の不調や負担となった災害関連死となっており、死者のうち実に8割が災害関連死というデータが明らかになっています。
地域で見てみると、やはり益城町、阿蘇市、南阿蘇村といったような被害が大きかった地域ほど災害関連死も多く見られます。特に、恐怖心や体を動かさない避難生活の中で持病を悪化させた高齢者が数多く見られました。
熊本地震による災害関連死を加速させた要因としては、災害後の混乱状態が挙げられます。避難者数は熊本、大分合計で最大20万人にものぼり、避難所では食料などの配給だけでなくストレス対策にまで手が回らなかったことも、災害関連死の拡大を招いたと考えられます。
新潟県中越地震では、全体で68名の死者が出て、そのうち実に52名が災害関連死でした。地震による直接の死者はわずか16名で、それ以外はすべて避難生活中のストレス、復旧活動中に吸い込んだ塵による肺炎の発症などが死因でした。
注目を集めたのが、エコノミークラス症候群です。避難所に入り切らずに、やむを得ず車中泊を長期間強いられた人たちの中から、肺塞栓症を発症して亡くなるというケースもありました。こうした状況を受けて、現在では避難所でのストレスを軽減するための心のケアやエコノミークラス症候群の予防などを重視した対策が取られています。
2019年に発生した台風15号に関連して、2020年6月29日に3名の災害関連死が認定されました。災害関連死と認定されたのは、市原市の66歳男性、同市の71歳女性、君津市の82歳女性の3名。これで台風15号における災害関連死は合計5名となりました。
市原市の男性は自宅で倒れていたのを妻によって発見され、搬送先の病院で熱中症のため死亡しました。
同市の女性は自宅で熱中症の症状が出たため病院に搬送され、熱中症に起因するクモ膜下出血で死亡。
君津市の女性は、入居中の特別老人ホームにて熱中症の症状が出たために病院へ搬送。その翌日になくなりました。
2018年に発生した西日本豪雨。3年が経過した時点での災害関連死数は、80名を越えています。特に甚大な被害を受けた岡山、広島、愛媛での災害関連死数は81名。さらに三原市では、死者の約6割に相当する13名を災害関連死と認定しました。
災害弔慰金とは、市町村が実施主体である災害弔慰金制度にて、一定規模以上の自然災害で死亡した住民の遺族に対して支給される弔慰金です。
災害によって直接的な要因で死亡した場合以外の、災害関連死の疑いがあるケースについては、その判断は各自治体が医師や弁護士などをメンバーとして構成した審査会に委ねられています。
災害関連死に関連して、自治体が災害弔慰金の不支給で訴えられたというケースがあります。
仙台地裁平成26年12月9日判決の判例では、敗血症で死亡した85歳の方のケースが取り上げられています。このケースでは、敗血症と誤嚥性肺炎、そして誤飲性肺炎と嚥下障害の関連が焦点となりました。震災前後の嚥下の状態や体重の急激な変化を丁寧に調べた上で、震災の約1ヶ月後に生じた誤嚥性肺炎と震災に十分な因果関係が認められるとし、災害関連死の審査においては十分な量の記録を取り寄せ、なおかつそれを精査することの重要性を改めて認識させられる事例となりました。
また、仙台地裁平成26年12月17日判決の事例では、震災の1週間後に脳梗塞で死亡した99歳のケースが取り上げられています。このケースでは、避難所の暖房設備が不十分で、ストーブはあったものの、ストーブの台数や部屋の広さ、天井の高さなどを考慮すると室温は低かったと判断されること、食事の提供料が減少していたこと、水分不足が続いていたことなどから判断し、避難所の環境が新たな脳梗塞を引き起こしたと認定されました。自治体側は震災以前の既往歴に、すでに陣旧性脳梗塞による後遺症や前立腺肥大症による排尿障害、高血圧の症状があったことを根拠に反論しましたが、裁判所側は発症前の段階で心身ともに特段の変化はなかったとして自治体の主張を排斥しています。
前述のように、大規模災害では災害による直接的な死者よりも、災害の後の心身への負担や新たな疾病によって死亡する災害関連死のほうが多いことがわかってきました。これを受けて、各避難所では運営の見直しを通して、避難所生活における災害関連死の防止やトラブル予防の取り組みが加速しています。
災害関連死以外に特に大きな問題として持ち上がっているのが、避難所での性的被害です。熊本地震の際の避難所における性的被害は、熊本県警が把握しているだけで約10件にのぼりました。被害の内容は、強制的な性交や盗撮となっています。
16年4月下旬に起こった事例では、避難者が寝静まったあとにボランティアの少年による暴行被害が確認されています。警察に被害届が出されたものの「明らかな暴行、脅迫があったと認められない」と判断され、強制性交等罪は適用されませんでした。一方で民事訴訟では被害が認定され、全面勝訴となっています(※)。
死に直接つながらなくとも、災害という環境下で起こるトラブルを未然に防ぐための方策が重要です。