BCPを実効性の高いものとするためには、策定するだけでなく何度も繰り返し訓練することが大切です。BCP訓練の種類や目的、内容とともにシナリオ想定の意義や作成手順、シナリオ例などについて解説します。
BCPは策定して終わりではなく、緊急時にスムーズな対応ができるよう繰り返し訓練をすることが大切です。その目的は、BCP策定に携わった一部のスタッフや経営陣だけでなく、従業員全員がBCPの方針や流れ、具体的な行動様式を身に付けること。つまり、BCPという文化を定着させる必要があります。
緊急事態が発生した際の対応に関する考え方や能力は、平常時の業務とは異なる部分も多いため、実践するためにはBCPや防災に関連する知識や技術が必要です。また、BCPを理解していると思っていてもいざという時に実践できない可能性も。
BCPを実効性の高いものにするためには、実際に緊急対応や復旧活動にあたる従業員全員がBCP運用に前向きに取り組む必要があります。そのためには、BCPに関する教育や訓練を積極的に繰り返し行うとともに、経営者のBCPに対する真摯で前向きな取り組みにより、会社の文化としてBCPを定着させなければなりません。
BCP運用は、緊急時だけでなく平常時を含めて、会社が存続する限り継続されなくてはならない活動です。そのため、常に見直し、改善を行いながら研修や教育、訓練を充実させてBCPを定着させることが重要です。
従業員にBCPの文化を定着させるためには、BCPに関する教育や研修を実施することが大切です。BCP教育の内容は大きく分けて2つあります。
緊急事態発生時にBCPを有効活用するには、教育だけでなく定期的な訓練を実施することが大切です。BCP訓練の主な目的は以下のとおりです。
BCPの訓練は習熟度や企業の特性などにより、さまざまなレベルや種類があります。最初から完璧なものを目指すのではなく、以下のようにBCP発動手順の一部を取り上げた訓練(要素訓練)などを実施してもいいでしょう。これにより、従業員の負担を軽減できるとともに役割や行動様式などを着実に身に付けることができます。
BCP、防災に関する訓練は自治体や組合などの主催で行われることもあります。自治体や同業者組合などが主催する訓練に参加することで、会社の垣根を超えて自治体や会社間、同業者組合や地域との連携や協力を高めることが可能です。
災害発生時の対応では、自治体や地域との連携、協力体制が事業継続に大きな力をもたらすことになるため、望ましい関係を醸成するためにも積極的に訓練に参加することが望まれます。
BCPの継続的な定着を図るのであれば、長期的な視点で経営者と従業員の意識を高めながらBCP文化の醸成を実現する必要があります。経営者は、BCP運用に対する従業員の認識を促進させ、刺激を与え続けるために、関係情報の積極的な更新・発信、多様な訓練の実施などを心がけなければなりません。経営者の視点で平常時から意識しておくべき点の例は以下のとおりです。
BCPの訓練が実際に緊急事態発生時に生きた事例として、東日本大震災における仙台市の百貨店「藤崎」のものがあります。
藤崎は、創業190年を超える仙台市の老舗百貨店。売り場面積は東北地方でも2番目の広さを誇り、本館をはじめとして4つの建物で構成されており、本館は特に複雑な構造をしています。
東日本大震災発生時、仙台市は震度6強の揺れに見舞われました。本館では特別セールが開催されており、買い物客だけでも約3,500人、従業員も含めると約4,500人が建物の中にいる状態でした。
地震発生時、従業員は買い物客に陳列棚から離れるように叫ぶなど、被害回避のための適切な指示を行いました。負傷者1人を出すこともなく、速やかに屋外に避難誘導することができています。
藤崎では、毎年2回、防火・防災訓練を実施しています。訓練内容は、大規模地震、火災を想定し、自営消防隊がパニックによる2次災害の防止も意識しながら、安全を確認したうえで避難誘導するなど、とても中身の濃いものです。実際の災害状況下で起きうる細かいシナリオが想定されていたため、東日本大震災発生時にも、安全かつスムーズな対応ができたと考えられます。
翌日から路上での販売を再開。2日後からは突貫工事を行い、約1ヶ月後には営業を全面再開するなど、事業継続、復旧の面でも参考にしたい事例と言えます。
BCP訓練には、初期対応としての消防訓練や机上(図上)訓練、地域との防災訓練など、さまざまな種類があります。BCP訓練は、策定したBCPに実効性を持たせるために、また、BCPの内容の検証を図るために、定期的に行われるべきものです。避難訓練だけでなく、緊急連絡訓練や机上訓練も重要です。主な訓練の種類や目的、ポイントなどについて下の表に整理しました。
主な種類 | 目的 | 内容の例 | 備考 |
---|---|---|---|
消防訓練 | ・火災初期に消火することで被害を最小限に抑える。 | ・初期消火活動 ・119番通報 |
・特に、消火器の操作、放水等は実体験が大切。 ・消防詈に依頼すれば、訓練の評価を受けられる。 |
避難訓練 | ・従業員、顧客の安全確保 | ・社員の避難 ・顧客等の避難誘導 |
・施設外への社員の避難訓練。 ・顧客等が敷地内にいる場合には、避難誘導も必須。 |
連絡訓練 | ・緊急連絡網の確認 ・従業員の安否確認手段の確認 |
・竪急連絡先への連絡 ・竪急連絡網での連絡 |
・緊急連絡(安否確認)で災害伝言ダイヤル171やweb171を利用する場合には、毎月1日や防災過間等に体験が可能。 (Web171の場合)(https://www.web171.jp/) |
参集訓練 | ・非常参集要員に指名された従業員が所定の時間内に職場に到着し、対応に当たれるかどうかを確認する。 | ・就業時間外の参集 | ・予め指定した時間を指定して参集する場合と、明間を指定してその期間内で非常参集をかける場合がある。 |
机上(図上)訓練 (DIG) |
・策定したBCPの確認及び改善 ・BCPの手続きに関する認識の深化 ・災害への意識の醸成 |
・災害状況の検討 ・防災対策の検討 |
・地図を使って防災対策を検討する訓練。自治会等の市民レベルの訓練も盛んである。 DIG=Disaster Imagination Game (参考)静岡県HP(http://www.pref.shizuoka.jp/bousai/e-quakes/manabu/dig/01/0101.html) |
机上(図上)訓練 (シナリオ提示型) |
・策定したBCPの確認及び改善 ・BCPの手続きに関する認識の深化 ・災害への意識の醸成 ・想定シナリオに対する対処法の検証、改善 |
・防災対策の季順確認 | ・対応手順の確認に主眼が置かれ、決められた手順通りに対応を行う訓練。従来の自治体の総合訓練が相当する。 |
机上(図上)訓練 (シナリオ非提示型) |
・策定したBCPの確認及び改善 ・BCPの手続きに関する認識の深化 ・災害への意識の醸成 ・状況や付与される情報を的確に判断したうえで、適切な指示、行動ができるかを確認。 |
・防災対策の意思決定 (災害対策本部等) |
・訓練シナリオを事前に提示しない形式の訓練で、事前又は訓練中に付与される情報に基づき判断し行動する訓練。非常に高度な訓練であり、訓練の実施には高度なノウハウが必要となる。 |
地域の防災訓練 | ・地域との連携、協力 | ・初期消火活動 ・炊き出し |
・地域企業または市民として地域の防災訓練に参加する。消火器の操作等の実体験ができるとともに、災害時における地域との連携に役立つ。 |
BCPのシナリオ提示型訓練では、訓練参加者が訓練シナリオを読み込むことで、自分だけでなく他社の役割や行動も認識できることが大きなポイントです。訓練シナリオは、どのような手順で作成すればいいのかについて説明します。
訓練シナリオの作成にあたっては、まず災害の状況を具体的に設定します。仮に火災が発生したとするシナリオでは、以下のような設定が考えられます。
災害の状況設定の次は、実際の災害を想定したシナリオの構成が必要です。以下の要素を踏まえ、災害発生から収束まで時系列順に構成します。
シナリオによりリアリティを持たせることで、授業員は訓練において当事者意識を抱くことができます。過去に何らかの災害で被災した経験がある場合は、実際の経験をベースにしてシナリオを設計してもいいでしょう。
BCP訓練、防災訓練を毎年実施している企業は数多くあります。訓練は、緊急時にも適切な判断や行動をとるためにとても重要な意義を担っています。しかし、その一方で訓練を実施することだけが目的となり、毎年同じような流れで形式的に訓練を行い、形骸化してしまっている状況も。
流れにそって行動するだけでは、従業員にBCP運用の重要性や役割分担を意識させることも難しくなってしまいます。訓練シナリオは、そんなマンネリ化した訓練を一新し、参加者の関心や防災意識を引き出し、向上させてくれるものです。シナリオや付与条件の設定などにより、訓練そのものがリアリティを持ち、いざという時に的確に対応できる知識や行動パターンを醸成させてくれます。
訓練シナリオ作例の例として、高知県が提示している「机上型 事業継続訓練マニュアル」から、初級、中級の例を紹介します。
初級 | 中級 | |
---|---|---|
訓練目的 | 一般従業員向けの疑似体験、またはBCPの理解度向上 | 災害対策本部メンバー向けのBCPの検証、または課題解決策の検討 |
状況付与 | 被災・復旧状況の付与に加えて、災害時に起こるであろう出来事を想定して作成する。自社の立地や業種を考慮した特徴を盛り込む。 あわせて、その状況における対応を考えさせる設問を加える。 |
被災・復旧状況の付与に加えて、顧客や取引先など利害関係者からの要求事項も付与する。 (状況の中での設問はなし) |
課題設問 | なし | ある局面でのBCP上の課題を想定した設問を作成する。 災害対策本部会議が開催されるという想定で、重要業務の目標時間内での供給を達成するための今後の対応方針等を報告する。 など |
発表 | 状況付与とセットで出した設問に対するグループ討議の結果を発表させる。 設問数やグループ数が多くて時間がかかりすぎる場合は、各グループが答える設問を割り振ることも可能。 |
与えられた課題に対する検討結果を発表させる。 |
主に一般従業員を対象として、BCPの理解度の深化を目的として行うものです。被災、復旧状況の条件設定に加えて、災害時に起こりうる出来事を想定しながら作成します。
参加者の負担を軽減するため、BCP運用上の課題などの設問はこの場では設けません。その後、課題設問に対する回答を討議させたものを発表させます。
対象者は災害対策本部メンバーなど、BCPの習熟度が高い者となります。BCP運用面での検証や課題解決策の検討を目的として実施されるものです。付与設定では、被災・復旧状況の付与に加えて、ステークホルダーからの要求事項も付与します。
災害対策本部会議が開催されるという想定により、重要業務の目標時間内での再開など、BCP上の課題を設問として設定し、検討した結果について発表します。
ファシリティマネジャーが訓練統制役を担う場合、訓練のノウハウの蓄積が不十分であると、従業員全体が緊急時に的確・迅速に対応できなくなることがあります。そのため、訓練統制役としての訓練も大切です。そのため、訓練統制役の習熟度の向上も兼ねた訓練の進め方を設定する必要があります。
東京直下化型地震 M7.3クラス
公共交通機関は一定期間停止/一部地域が停電(対象施設は供給)/一部地域でガス供給停止(対象施設は供給)/一部地域が断水(対象施設は供給)/都内数カ所で火災が発生
設備のプロ
池田道雄
池田商会
当社はLPガスの小売りをしていることから、地域の火災現場には出動義務があり、災害時には復旧作業で被災地に駆けつけます。
そのため、業界全体として定期的な災害訓練・救助訓練を実施しております。
また、当社は地域の消防団への入団や防災士資格取得を推奨、日頃から地域住民との交流、地域の災害情報を取り入れられるようにしています。
入団者や資格取得者には社会貢献手当・資格手当を支給する福利厚生を設けて促進しており、現在、私も含めて半数以上が消防団員で複数の防災士資格取得者がいます。
プロフィール
BCPマニュアル策定、BCP設備設計、設備供給、施工管理、補助金申請代行を一括して引き受ける。非常用電源においては、災害時に少なくとも72時間以上の持続可能なエネルギー供給対策を考案・提供。
防災のプロ
髙木 敏行
(株)かんがえる防災
どの分野でも同じであると思いますが、実施していない事は実施できない。練習していない事は試合では通用しない。
災害現場も同様です。
避難訓練を実施し全職員・施設利用者が避難するのに5分間の時間を要したとします。
実際の災害現場では2~3倍時間を要します。
この時間をいかに短くするかは反復訓練に限ります。組織全体で行う訓練は実施回数が限られます。
訓練のポイントは目的を設定し、各所属で遊び感覚で訓練を行い、訓練のハードルを下げ実施回数を増やし、組織全体で行う訓練で本番さながらに行うとよいです。
プロフィール
元消防士であり、防災資格を3種持つ(防災士【登録No.136593】、防災危機管理者【認定番号.190805】、危機管理士2級(自然災害)【登録番号N-19014】)防災のエキスパート。
災害によって失われる、人、物、時間、思い出への被害を軽減するために、必要な物を必要な形で提供するプロ。